遥かなる幸福の都
<第四章>
 客足というのは、とても気紛れなものである。多いときには行列が絶えないのに、少ないときにはぱったり来ない。
 いつものテーブルに商売道具を用意したものの、手持ち無沙汰で頬杖をつくラティフィーネに、同じく暇そうな宿の主人が声をかける。
「広場に、興行の芝居がやってきたというからなあ。年に一度、この都にやってくる一団があるんだよ。皆そっちに行ってしまったんだろう」
「芝居って、そんなに面白い演目でもあるってわけ?」
「女房の話だと、前の戦争の裏話を面白おかしく演じるとかどうとか。英雄と名高いアルティン公と、そのライバルだったカスタント伯の軋轢は有名な話だからねえ。結局、カスタント伯は今じゃ没落貴族だっていうじゃないか。……名を挙げられなかったほうは、行く末も惨めなもんだ。こういうときは、貴族と庶民とどっちが幸せなんだろうかと思うもんだよ」
「まったくだわね」
 それについては議論もしたくないので、ラティフィーネは簡単に受け流す。
「どうせ今日は客足もないだろうさ。あんただって若い娘なんだから、たまには遊びたくもなるだろう? 興味があるなら行っておいで」
「悪いけど遠慮しておくわ。わたし、人ごみって好きじゃないもの」
 善意で言ってくれているのはわかったが、ラティフィーネはあっさりとそれを退けた。
 そんなもの、わざわざ見なくても知っている。むしろ、吐き気がするだけだ。
 戦争時代のことが娯楽で演じられるようになるということは、その時代を笑い飛ばせるだけの余裕を持つ人々が増えたという意味では、むしろ喜ばしいことなのかもしれない。しかし、それはあくまで第三者の立場から見た場合のことで、ほとんど当事者の立場に近いラティフィーネにとっては、あまり面白い見世物だとは思えなかった。
 家を出て丸四年以上も好き勝手に生きているとはいえ、ラティフィーネは一応、カスタント伯爵家の末娘である。実家とは縁を切ったつもりではいるが、一族が悪し様に笑われるのを見て喜ぶほど趣味は悪くないつもりだった。
「英雄も没落貴族も、やり方が違っただけで罪は変わらないわ。いくらこの国が勝ったとはいえ、大勢の人が不幸になったことには変わりないもの」
「まったく冷めた娘だ」
 人の好い主人は、やれやれと笑いながら調理場のほうへ行ってしまった。戸棚の取っ手が外れているなどと言っていたから、修理でも始める気だろう。
「……今日は開店休業ってとこね」
 その芝居とやらを見に行く気はないが、近所を散歩する程度なら、いい気分転換にもなるだろう。
 ラティフィーネは、仕方なく立ち上がる。
 しかし、戸口からこちらを覗き込んでいる少女と目が合った直後、外出は無理だと断念した。



「わたしに用があるなら入ったら?」
 目が合ってしまったからには仕方なく声をかけると、少女は周囲を注意深く見渡して、それからラティフィーネのいる一番奥のテーブルまで突進してきた。
 確か、ルカートの婚約者を名乗っていた人物である。名前はエルミナだったはず、とラティフィーネは記憶を手繰る。
「ルカートはどこ?」
 エルミナは、唐突に問いを発した。
「あなた、彼の居所を知っているんじゃないの?」
「知らないわ」
 少々面食らったラティフィーネは、しかし、あっさりと否定する。
「わたしは他人の行動を管理なんてしていないもの。興味もないわ」
「彼が頻繁にここに出入りしているっていうことを、わたしが知らないとでも思っているの?」
「どういうわけか、出入りしているのは事実ね。でも、今日は見かけていないわ」
 憮然と応じながら、ラティフィーネは長い赤毛を掻き上げた。自分が誰からも好かれるなどとは思ったこともないが、いきなり喧嘩を売られる心当たりもない。それを買う気もなければ、望んで関わりたいとも思っていなかったりする。そうでなくても、以前ファルドに余計なことを吹き込んで悲しませたエルミナを、ラティフィーネは喜んで歓迎する気分にはならないのだ。
「ここで待つなら、どうぞ。ごらんの通り客はいないし、邪魔ならわたしは出掛けるから」
「……あなたみたいな女の、どこがわたしよりいいって言うの」
 エルミナは、フリルをあしらった水色のドレスの端を握り締めながら、ラティフィーネを睨みつける。
 甘ったるい香水の香りのせいばかりではなく、言われた内容が理解できずに、ラティフィーネは眉をひそめた。
「わたし、ルカートとは完全に婚約解消になったわ。あなたの占いの通りよ」
「……そう」
「涼しい顔をして! 何か仕組んだんじゃないでしょうね? そうでなくちゃ、ルカートがわたしを嫌う理由なんてどこにもないもの」
「悪いけど、わたしは何かを仕組んでやるほど、あなた達の関係に興味はないわ」
「じ、じゃあ……どうしてルカートはわたしと会ってくれようとさえしないのっ? こんな一方的な話、あんまりじゃない!」
 エルミナは地団太を踏み、今度は両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。行動は迷惑このうえないくらいに無茶苦茶だが、とりあえずは必死のようである。
 ラティフィーネはどうにか溜息だけは堪えて、商売道具の水鏡の前に、再び腰を下ろした。
「それが依頼だって言うなら、占ってあげるわよ? あなた達の今後について」
 それはほとんど投げ遣りに近い言い方だったが、エルミナは弾かれたように顔を上げる。
「あなたと彼が、また親しい関係になれるかどうか……その方法がわかれば、少しは気が済むんじゃない? まあ……この間も言った通り、信じる信じないは自由だけど」
「本当に? 占ってくれるの?」
「ちゃんと代金はいただくわ」
 すかさず言い置いて、ラティフィーネは水鏡に両手をかざす。
 水に沈めた水晶が、ほのかな光を発し――。
 それは、突然割り込んだ声に中断させられた。
「無駄だよ。占いの必要はないと思うね、僕は」
「……ルカートっ」
「やあ、エルミナ。まさかこんな所で出会うとはね」
 降って湧いたように現れたルカートは、軽く右手を挙げ、優雅な足取りで二人の側にやってきた。
「ご機嫌はいかがかな、ラティフィーネ」
「……悪いわよ、見ての通り」
「おや、それは残念。一度くらい、きみの笑った顔を拝見したいものだけど」
 にこやかに乱入してきた青年は、まったく悪びれた様子もない。
「二人が顔を合わせたのなら、確かに占いの必要はないわね。お互いの気が済むまで、話し合いでもなんでもすればいいわ」
 ラティフィーネは、さっさと席を立つ。
 その腕を掴んだのは、ルカートだった。
「僕はきみに用が会って来たんだよ、ラティフィーネ。僕にはエルミナと話すことは何もない」
「彼女はそうでもないんじゃないの?」
 掴まれた腕を振り払って、ラティフィーネはエルミナを見た。
 彼女はそこに立ち尽くしたまま、半ば青褪めて想い人を見つめている。その視線に気づいているはずのルカートは、しかし、まるで頓着していないように笑みを浮かべているのだ。
「ルカート……わたし、あなたとちゃんとお話がしたいわ」
「話って? 僕はもう、きみと関わりはないはずだよ。僕達が再び婚約することはあり得ないし、そのことに関しては僕達の父親同士でも決着したはずだ」
 にこやかな笑みこそ浮かべているが、ルカートが非常に冷ややかな感情を抱いていることは、ラティフィーネにも覗えた。
 エルミナが、それを感じなかったはずはない。それでも彼女は、引き攣った笑みを浮かべて食い下がる。
「でも、わたし達二人の間では、なんの話し合いもなされていないわ。わたしは、どうしても納得ができないのだもの。どうして突然、あなたがわたしを嫌いになったのか……その理由がわからないのだもの」
「僕は、きみを嫌ってなんかいないよ」
 ルカートの声は、いっそ残酷なまでに優しい。愛情がないからこそ振りまくことのできる、無責任な賛辞のようでもある。
「今でもきみを美人だと思うし、きみのような気性の持ち主は、宝石達には愛されるだろうと思っているよ。でも僕は、妻にしようと思うほどにはきみを大切には想っていないし、想えそうもない。僕の我侭だと思ってくれていいよ。本当のことだから」
「……わたし、別の男と結婚させられるわ」
 ほとんど泣きそうな声で、エルミナは言う。
「うんと年上かもしれないし、醜い男かもしれない。わたし、そんなのは嫌よ……絶対に嫌!」
「きみのお父さんは、きみが不幸になるような結婚は望まないと思うよ。彼はなによりきみを大切にいしているように見えるもの。今頃、僕のことを軽薄な男だと罵っているのじゃないかい?」
 優雅に微笑むルカートは、エルミナのほうへ近づくと、彼女の白い手を取って、そこへ恭しく唇を軽く押し当てた。
「――さよなら、エルミナ」
 穏やかに、しかし有無を言わせぬ目つきで以って、彼は別れを宣告する。
 ラティフィーネは、この青年の後頭を蹴り倒したい衝動に駆られた。はっきり言ってエルミナのことは好きではない。しかし、ルカートの態度はそれ以上に癪に障るもので、とても喜んで見ていられるものではなかったのだ。



 無言のまま、エルミナは逃げるようにして食堂を出ていった。
「……最低ね」
 思わず、ラティフィーネは吐き捨てる。
「他にどうしようもないさ。彼女を徹底的に罵るほど、僕が彼女を嫌いじゃないというのも事実だし、だからといって恋人同士に戻れるほど好きでもないんだから」
「婚約までしていた仲なのに、薄情なものだこと」
「彼女のことも、少し前までは気に入っていたんだ。今はきみを好きだけど」
 田舎の小娘なら一瞬で恋に落ちそうなルカートの微笑みを、ラティフィーネは鼻で笑うことで受け流した。
「あなたは誰のことも好きじゃないわよ」
 断定的に告げて、ラティフィーネは三度、椅子に腰を落ち着ける。
「おや、きみには僕がそんなふうに見えるのかい?」
「実際、そうでしょう? あなたは自分しか信用していないし、誰かに愛されることを期待してもいないわ」
「そう。きみは随分……僕のことに詳しいような口を利くんだね」
 わずかに目を細めた後、ルカートはいかにも楽しそうに笑った。
「それって、きみ自身がそうだからじゃないのかい?」
「――わたしにはファルドがいるわ。一緒にしないで」
「だったら、僕だってファルド君のことは大好きだよ。馬鹿みたいに素直だし、可愛いし、単純だけど頭は悪くないし、お行儀も良い。きっと……「僕達」には、ああいう子が必要なんだ。違うかい?」
 ラティフィーネは答えなかった。不覚にも答えられなかった、と言うほうが正しかったかもしれない。
 ルカートは小さく笑い、そこで話題を切り替えた。
「ねえ、ラティフィーネ。きみはどこで占いを習ったんだい?」
「なによ、突然」
「ちょっとだけ調べたんだけど、水鏡を使う占いはとくに東の地方……それも、もともとは貴族や金持ちの間で流行したものなんだってね。きみのその赤い髪も、どちらかというとその地方に多いものらしいし」
 ラティフィーネの反応を覗うようにして、ルカートは正面の椅子に腰掛ける。
「何事にも例外はあるわ」
「それはそうさ。だから、僕は最も大きな可能性を示すと同時に、きみに直接質問をぶつけているんじゃないか」
 ルカートはまるで傷ついているかのような表情を浮かべて、その後で悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「僕は今のところ、きみに対する興味心に支配されているんだよ」
「……確かに、わたしの生まれはこの都よりは東だわね」
 ルカートを満足させてやるつもりは毛頭なかったが、ラティフィーネにとって、隠しだてするほど立派な過去もない。この暇人の興味心とやらを満たしてやって、それで追い払うことができれば、そのほうがいいと考えたのだった。
「わたしは占師に育てられたの。預けられたと言うほうが正解ね。わたしの上には姉ばかりで、両親はどうしても跡継の男の子が欲しかったのよ。それで占師を雇って、次こそ息子が生まれるようにあれこれ手段を尽くしたみたいだわ。でも、結局生まれてみれば、またしても女だった。そういうわけで、必要無いと判断されたわたしは、責任をもってその占師に育てられることになったのよ。だから占いは身近だったし、幸いにも才能にも恵まれていたっていうことね」
「その占師がきみの師匠だったってわけ?」
「人使いの荒いお婆さんだったわ。嫌いじゃなかったけれど。十歳のときにその人が死んで、わたしは実家に引き取られたけれど、結局十四で家出したのよ。それで、ファルドに会ったというわけ。後は、こうして旅をしているわ」
 一気に言い終えて、ラティフィーネはルカートを一瞥する。
「きみの実家は、なかなか裕福な家だったみたいだね」
「占師を雇うほどには裕福だったみたいね。望まない子供を育てるほどの余裕はなかったみたいだけれど」
 この言い方はルカート好みであったらしい。肩を震わせて、やっぱりきみとは気が合いそうだ、などと笑っている。
「気を悪くさせたのなら謝るよ、ラティフィーネ。ただ、きみが豪奢な首飾りの代わりにファルド君を手に入れたという話を彼の口から聞いたものだから、一体どういう経緯の娘が今じゃ占師なんて商売をしているのか、気になっただけなんだ」
「……あらそう」
「それにきみのその――耳飾り。古いものみたいだけど、悪い品じゃない。僕は怠惰な暇人だけれど、一応、装飾品の善し悪しくらいは学んでいるんだ」
「そりゃあ古いでしょうよ。代々の占師の形見だもの。それに、ちょっとばかり値のあるものじゃないと形見としても有り難くないわ」
 人差し指で細い金環を指先で弾きながら、ラティフィーネはあっさりと認める。
 それは、認定証のようなものなのだった。占師が正当な後継者を認定するための、一種の伝統のようなものなのである。
「もういいでしょう? 気が済んだのなら、帰ったら?」
「冷たいなあ、きみは。代わりに、僕の身の上には興味を持ってくれたりしないのかい?」
 テーブル越しに身を乗り出してくるルカートに、ラティフィーネは頬杖をついたまま他所を向いて応じる。
「興味はないけど、話したいなら話すといいわ。……わたしも今日は暇だし」
「僕って救われないなあ」
「言っておくけど、わたしにはあなたの話に同情してやる準備もないし、慰めるのも趣味じゃないわよ」
 本当のことを、ラティフィーネは気兼ねすることもなく口にする。
 途端に、ルカートはテーブルの端を叩いて笑い始めた。
「きみって最高だね、ラティフィーネ。きみのそういうところが、僕にはたまらない」
 何がそんなに可笑しいのかと思わないわけではなかったが、疑問を声に出すのも面倒で、ラティフィーネはとりあえず黙っておいた。
 このどこか捻くれまくった装飾品店の息子は、捻くれまくった頭の構造ゆえに、常人とは感性がずれているのだ。
 やがて笑いを静めたルカートが、席を立った。
「暇だったら芝居でも見に行かないかい? 広場に芝居小屋が出ているんだ」
「遠慮しておくわ、悪いけど」
「そう。じゃあ……ファルド君は?」
「洗濯屋よ。最近、あの子はそこがお気に入りのようだから」
「……洗濯屋、ねえ」
 妙に絵になる仕草で首を傾げながら、ルカートは戸口に向う。じゃあまた、と言い残し、彼はそのまま去っていった。
 ラティフィーネは、たっぷり疲れた気分になって、溜息をつく。とりあえず喉が乾いたので水でも飲もうと、今度ばかりはやっと誰にも邪魔されることなく席を立ったのだった。



 その夜ファルドは、ベッドに潜り込んで本を読んでいた。うつ伏せになって枕を胸の下に入れ、そのまま腕を伸ばして本を読む姿勢が、お気に入りである。
 ルカートに貰ったその本を読むのは、二度目だった。決して薄くはない本だが、一度目よりは時間をかけずに読むことができる。
 内容は、悪い魔法使いに攫われてしまったお姫様を助けるために、選ばれた若者が竜の背に乗り、様々な怪物を倒して旅をするという物語だ。お姫様は物語の中では長い金髪をしているのだが、ファルドは勝手に、このお姫様をラティフィーネに、若者を自分に置き換えて、物語の世界をあれこれ想像している。
 ――と、その本が突然、取り上げられた。
「もう寝なさい」
 強引なお姫様――もとい、ラティフィーネの登場である。ファルドはごろりと壁側に寝返りを打って、ラティフィーネが潜り込むための場所を提供する。
「僕、せっかくラティを助けに行くところだったのに」
「どうやって助けに来るの?」
「ええと、竜の背中に乗って。大きな剣を振り回しながら、悪者を蹴散らすんだよ」
 得意そうにファルドが言うと、ラティフィーネはほんのわずかに笑みを浮かべ、ベッドに滑り込んできた。
 ラティフィーネが一番優しくなるのは夜だと、ファルドは思う。ファルドが暗闇を怖がって震えていたとき、ラティフィーネは背中を抱いてくれたし、気晴らしになるように物語を聞かせてくれたこともある。普段の生活の中で感じるいろいろなことを一番話しやすいのも、この時間だった。
「ねえ、ラティ」
 身体を丸めながら、ファルドは少し甘えた声を出す。
「今日、洗濯屋さんに行ったら、ウルカおばさん、身体の調子がよくなくてお休みしていたんだ。明日は元気になっていると思う?」
「元気だといいわね」
「ねえ今度、暇なとき……ラティの気が向いたときでいいから、一緒に来てくれない? おばさん達、ここには来られないって言うんだもの。だから、もしもラティがおばさん達の所に行ってくれたらいいなあって……僕、思うんだ」
「おばさん達に、わたしを連れてこいって頼まれたの?」
「ううん、違うよ。僕が、そうだったらいいと思っただけで……」
「だったら行かないわ」
 ラティフィーネの返事は、ほとんど即答だった。
「占いは押し売りじゃないもの。わたしは自分の占いを信じているけれど、でも、誰もがそれを必要とするとは思わないわ。本当は、自分の未来は自分で決めるものだもの。呼ばれもしないのに占師がでしゃばるのは、それは、親切じゃなくて傲慢っていうものよ」
「……うん、そうだね」
 素直に、ファルドは頷く。
 ラティフィーネから、何度も聞かされていることだ。占師というのは、幸せの使者などではあり得ない。誰かの幸運の手助けになるような助言をすることは可能でも、それが現実のものとなるか架空のもので終わるかは、人それぞれなのだと。金持ちの権力者達は、自分達が幸運を独り占めするために占師を何人も囲っていることもあるが、そんなものは馬鹿げた行為だとも。
「……僕、ウルカおばさんがもっと元気になってくれたらいいって思うんだ。いつも、ちょっと寂しそうなんだもの」
「あんたのその気持ちが、おばさんに伝わるといいわね」
 ラティフィーネはそう言うと、枕元に置かれたランプに身を乗り出し、炎を吹き消した。
 真っ暗闇が、降りてくる。
「……おばさんに訊いてごらんなさい。もしも占って欲しいことがあって、それでもここへ来られないなら、わたし、あんたと一緒にそこへ行くわ」
 欠伸交じりのラティフィーネの声に、ファルドはこっそり笑みを浮かべる。まるで、どうでもいいような感じの言い方だが、ラティフィーネはいつも決して、そんなふうには思っていないのだ。
「おやすみ、ファルド」
「……おやすみなさい」
 ありがとうと言う代わりに、ファルドは体をくねらせて、ラティフィーネの腕に抱きついた。
 こんな夜は、きっと楽しい夢を見る。
 ふんわりと暖かくて、それはきっと、幸福な夢なのだ。
 ファルドは知っている。
 幸福は――そう、こんなところにも溢れている。


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